正義感が強い人ほど嫌われる理由「自称、正義マンはエゴイスト」

正義感が強い人ほど嫌われる理由「自称、正義マンはエゴイスト」

 

いじめをする人の心理
(イジメが発生するメカニズム)という
話では、

 

劣等感を強く抱える人が、
誰か他人をイジメて、
優越感に浸り、自分を正当化しようとする
心理であることをお伝えしてきました。

 

さらに、
自分は価値の高い存在だと
思い込みたいために、

 

人を助けようと、
相手の間違いをボロクソに指摘したり、
相手を支配、束縛、コントロールしがちです。

 

 

「いじめ」をしているのに関わらず、
本人の頭の中では

「正しいことをしている」
「相手を良い方向に導いている」
「自分は、人を助けている良い人なのだ!」

などと、
本気で思い込んでいるのです。

 

だから、
自分の優越感を求めてやる人助けは、
やらないほうが良いのです。

 

相手を傷つけるだけで、
助けるどころか
依存の関係しか生まないのです。

自分の劣等感を感じたくないがために
行う人助け、言葉はエゴでしかない。

ということもお伝えしていきました。

 

 

 

では、そもそもエゴとは何か?

 

なぜ自分に劣等感(コンプレックス)を
植え付けられてしまったのか?

 

その理由を徹底的に解明し、
「劣等感」で誰か他人に迷惑をかけたり、
人に恨まれたり、嫌われたりする心配の
無いマインドセットをお伝えしていきます。

 

 

 

 

エゴとは日本語で自我と書きます。

 

わかりやすく言うと、

ありのままの自分では無い
理想の自分」です。

 

生まれた時から、
親や周りの情報によって、

「○○はダメ!」
「○○をしなさい!」
「コレは、こうあるべきです。」

などと言われて、
本当の自分では無く、
エゴ(理想の自分)が形成されてきました。

 

 

特に、小さい頃に
叱られたり、
傷つく言葉を言われたり、
酷く落ち込む経験が

 

成長段階の柔らかい脳に
長期記憶として刻みつけられてきます。

 

この長期的な記憶
潜在意識と言います。

 

 

ネガティブな
潜在意識(長期記憶)が

 

無意識のうちに

「自分はダメな人間なのだ…」
「今の自分では価値の低い人間なのだ…」

などと、

 

劣等感を感じさせやすくしたり、
「理想の自分」を大きくしようと
します。

 

 

 

この幼少時代に積み上げられてきた
ネガティブな潜在意識(長期記憶)

 

ありのままの自分ではダメだと
錯覚させて
エゴ(理想の自分)を強く意識させて
いるのです。

 

 

 

 

時に、エゴ(理想の自分)が
今の自分を苦しめて、耐えられずに

 

優越感を求めて
他人を否定して自分を正当化したり、
「いじめ」を行うのです。

 

優越感を求める行為は、
自分は「劣っていないゾ!」と、
自分に証明する心理なのです。

 

 

優越感を求めて何かを
するのは、自分のエゴである
ということを
お伝えしてきました。

 

 

エゴや劣等感が
強かったからこそ、
やる気が出て結果を出したり、
有名になろうとして、
偉業を成し遂げる人もいます。

 

 

ならば
エゴ(理想の自分)が強い方が
良いのでは?

そう思うかもしれません。

 

 

しかし、それは
心のアナを埋めようとする
行為でしかなく、

 

そのエゴを持って、
何かをするパワーは非常に汚れている
のです。

 

 

 

例え、汚れたパワーで

・結果を出す。
・良い成績を出す。
・お金を稼ぐ。
・有名になる。
・結婚する。
・地位を手に入れる。

などということをしても、
潜在意識(長期記憶)に刻まれた劣等感が
解決することもありません。

 

心の穴が埋まるということが
ありません。

 

綺麗ごとを言っている訳ではありません。

 

 

 

エゴを持って結果を出した人に
集まる周りの人は、

 

自分のことを
見てくれているのでは無く
自分の出した結果、お金、地位を見て
来ているのです。

 

まさに

「エゴは、
 同じようなエゴを持った人を
 引き寄せる」

ということが起こるのです。

 

 

さらに、薄々感じてしまうのが、
アクセサリーのように身に着けている
結果、お金、地位が無くなってしまうと、
たちまち周りから人が居なくなる

 

という不安、恐怖がつきまとうことに
なるのです。

 

だから、
もっと大きな結果、お金、地位を
掴まなくてはならない!

などと、
何かに追われるように頑張ろうとするので、
いつまでも自分に平穏な時間は訪れない
のです。

 

 

 

 

エゴは底なしの欲望を生み出します。

 

いつまでも満たされない感覚だから、
「これじゃ足りない!」と錯覚し、
求めているものが手に入りません。

 

 

もちろん、
エゴや欲望が無い人は存在しません。

・有名になろうとする。
・自分が褒められるために行動する
・価値のある存在だと認められたい

これらのエゴのために、
行動すること、そのものが悪いという
ことを言いたいのではありません

 

 

エゴを手放すために、
エゴも欲望も無い行動を一切しない

などという
考えこそエゴです。

 

 

 

大切なのは、

 今、自分のやっていることは、
「エゴかな?」

と、自問自答することです。

 

 

「今、相手にしてあげていることは、
 自分のエゴではないか?」

 

「………あっ、エゴだ」

そう自問自答を習慣にすると、
自然にエゴが薄れていくのです。

 

 

小さいエゴで行動するパワーは
純粋できれいなもので、
周りから本当に感謝される結果に
つながりやすいのです。

 

これは「自分の欲望のため」と、
自分でわかっているので
自然と自制を保ちやすく、
相手に配慮しやすくなるからです。

 

 

 

自分の欲望を叶えるためなのに
 無関係の他人が手を貸してくれた時」こそ
心から相手に
感謝できるようになるのです。

 

 

「自分のエゴなのに
 相手からお礼を言われた時」
本当に嬉しく、
満たされた気持ちになるからです。

 

 

 

逆効果なのが、

「エゴの無い行動をする!」

という心構えは、
何も出来なくなってしまいます。

 

時には、

「これはエゴも欲望も無い
 正しい行動なのだ!」

などという考えこそ傲慢であり、
人に迷惑をかけ、
嫌われる行動をするのです。

 

 

 

エゴを無くそうとするのでは無く、
自問自答して、
エゴに気づくだけで良い

 

とても大切なことなので、
同じことを言います。

 

エゴに気づくだけで
エゴは消えていくのです。

 

 

 

勘違いして欲しくないのが、

「エゴも欲望も無い正義」をする

などという二元論で考えることです。

 

まさしくエゴは、

「正義か?悪か?」
「正しいか?間違っているか?」

という白黒思考二元論が大好きです。

 

 

 

例えるならば、

 

よく宗教の勧誘をしてくる人は、
相手が求めてもいないのに関わらず、
しつこくなってしまう理由は、

「自分は、正しいことをしている」

などと、
まるでエゴも欲望も無いかのように
考えているからです。

 

 

宗教そのものが悪いのでは無いのです。

 

 

世界中の
ありとあらゆる宗教、思想、経典にも

人は神のように、
一切のエゴ、欲望を無くすことが
出来ない。

と、きちんと書かれています。

 

 

それにも関わらず、

自分はエゴも欲望も無い神と
同じことをしなくてはならない

という考えが、

 

私は正しいことをしている
という思考停止状態に陥り、

 

「これはエゴか?どうか?」
という自問自答の機会が
無くなってしまうのです。

 

 

この心理メカニズムは、
「自分が正しい」という思考停止のもと
相手を支配、束縛、コントロールしたり、

 

時にいじめ、弾圧、虐殺など、
過去数千年、世界中で悲劇を
もたらしてきたのです。

 

 

 

エゴが一切無い人はいません。

 

そして、
エゴを無くそうとするのでは無く、

 

自分の今やっていることは、

「エゴか?どうか?」

自問自答することです。

 

 

「これはエゴだ!」

 

自分で気づいた瞬間、
それだけで既にエゴを手放しているのです。

 

エゴを「エゴの外から観察」する習慣を
是非、実践してみてください。

 

今回もここまでお読みくださり
ありがとうございました。

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