ネチネチ嫌味を言ってくる人から「自分を守る方法」

ネチネチ嫌味を言ってくる人から「自分を守る方法」

 

生きていれば、
人の心を傷つけようとネチネチ嫌味を言う人は
必ず存在します。

だから、どうやって対処したら良いのか?
論破できるように口先が回るようにしたい!

などと考える人が多いと思います。

 

しかし、
ネチネチ嫌味を言ってくる人と
言い争ったり、戦えば負けるリスクが生じます。

 

例え、勝ったとしても
時間とエネルギーを消費し、
後々、相手から恨まれて陰口や復讐される
可能性が出て来るのです。

 

戦いに勝つ方法よりも、より良い
ネチネチ嫌味を言ってくる人から「自分を守る方法」を
お伝えしていきます。

 

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嫌味を言う相手の目的は
「自分の正しさ」を証明しようと
躍起になっている心理状態です。

 

何かにつけて 「自分が優位に立ちたい」と感じ、
他人に勝負を挑んてくるのは「劣等感を感じたくない
という強い欲求です。

 

 

いざ、嫌味を言ってくる人に出くわし、
相手の意図(心理)がわかったならば、
素早く、その競争から降りること
対処法になります。

 

 

よく「反応しないこと」を「我慢する」
と考えがちですが、そうではありません。

 

「我慢する」という感覚は、既に
相手との競争に乗っかっているということに
なります。

 

 

 

競争とは

上か?下か?相手に勝つことで、
自らの正しさを証明したいです。

それは、
油断ならぬ敵との、競争の中に身を置き、
例え富や地位を手に入れても、

 

「さらに強い相手から搾取されるのでは?」
などと考え、心休まる日は来ない。

 

それはまるで修羅道のような
生きているだけで苦しい世界の住人なのです。

 

 

 

物足りなさや、劣等感を感じ、
努力すること、切磋琢磨して成長することが
悪いということではありません。

 

健全な努力、成長とは、
他人との比較では無く
理想の自分との比較です

 

親の教育、学校、部活動では、
自分以外の他人と比べることが
当たり前のように刷り込まれてきましたので、
他人が成果を出していれば、
自分は劣っているかのような感覚に陥りやすいのです。

 

世の中は、
上に昇る人との競争では無く
平らな地平を、それぞれ前に行く人、
後ろに行く人が居るだけです。

 

 

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相手の嫌味は、
自分の参加が無ければ
心が傷つくことはありません。

 

 

どういうことか?

 

相手の言ったことに対し、

「その通りかもしれない」
「もしかすると、相手が正しいのかも?」
「自分に非があるのかも?」

などと、思わなければ
自分の心が傷つきません。

 

 

例えば、嫌味を言ってきた相手が、
言葉をしゃべり始めた3歳くらいの
幼児だったらどうでしょう?

 

3歳児に「バカ、アホ」
などと言われて心が傷つく大人なんていませんよね。

 

自分の心の中では、

たかが3歳児が言ったことだから…」

などと、考えているからです。

 

 

同じように、
相手がどんなに目上の存在だとしても、
何か優秀なスキル、地位、富を得たとしても、
相手の言う事を、自分の心に入れる必要は、
基本的にありません

 

相手が3歳児であろうと、70歳の大人だろうと、
同じで、歳は関係ありません。

 

変えることが出来ない他人を、
変えようとする人は未熟だからです

 

 

何かを言われて傷つく人ほど、
心のどこかで

「相手の言う事を受け入れなければ…」

などと良くも悪くも素直な人が傷つきやすいのです。

 

 

繰り返しお伝えしますが、
何か感情が芽生えているとすれば、
既に相手との競争に巻き込まれている証拠です。

 

憎いと感じれば、
それは悲しみの裏返しであり、

 

相手とは、どこかで親しみを感じてた経験や、
心を開いていたこともあったのではないでしょうか?

 

それを裏切られた気持ちになり、
自分の損を認めたくなく
未熟な相手に対して、酷い悪人のように感じてしまう
心理メカニズムなのです。

 

 

 

他人の言ったことを「受け入れない」
ということは、いわば「自立するということです。

 

他人の言動に振り回されたり、
気にするような人ほど、
他人に「依存を求めているということです。

 

自分の人生や、やることも、誰かに頼り、
上手く行かなかったら…
「頼った他人のせい」ということで、
自分に言い聞かせることが出来ます。

 

もちろん、
他人に依存する人生」と
自立した人生
どちらが良いか?悪いか?ということを
言いたい訳ではありません。

 

 

「人の言う事を聞き入れない」というのは、
ネガティブなイメージを持たれますが、
それだけ「自分のことは自分で責任を取る
ということなのです。

 

 

基本的に、人生の目的は、
誰か「他人のため」のものでは無く、
「自分の幸せのため」にあります

 

他人が何か言ったから、
「自分が幸せになれない」というのは、
既に他人の人生を生きている。ということになります。

 

アドラー心理学では、
この対処法を「課題の分離」と言っています。

 

他人の人生に、自分が首を突っ込まないし、
自分の人生に、誰か他人を突っ込ませない。

この考えを徹底することが、
「自分を守る」ための「自立」につながるのです。

 

今回もここまでお読みくださり
ありがとうございました。

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