自己対話とは無駄な時間なのか?評論家で終わらない思考法

自己対話とは無駄な時間なのか?評論家で終わらない思考法

 

自己対話とは、

誰かの役に立っている訳でも無く、
何か生産的なことをして社会に価値を与えている訳でも無く、
ひたすら自分独りの時間を持つ

ということです。

 

そして本やスマホ、テレビを一切見ることもせず、
独りぼけ〜っとしていると、必ず胸の内から思考が沸き起こってきます。

 

沸き起こった思考を観察し、
考えてしまうことを本記事では「自分の世界に入る」「自分の時間」という表現をします。

 

 

自己対話の効果は、思考の偏りを選択していくことである。

自己対話

 

多くの人が、無意識に自分独りの時間を避けがちです。

 

なぜなら、胸の内から沸き起こって来る思考が、
思い出したくも無い過去の辛い記憶だったり、
未来の検討もつかない不安だったりするからです。

 

だから、なるべく隙間時間を予定で埋めようとしたり、
自分以外の他人のSNS、情報を取り入れようとします。

 

 

忙しいのは嫌だ。

と言いつつも、忙しさを積極的に求めていたり、
他人に振り回されることを自分から選択していることがほとんどです。

 

人と関わりたくない。

などと物理的に自分独りになっても、
精神的には、常に誰かと繋がっていたい。
とスマホを手放せない心理状態になる訳です。

 

 

それでもなお、
何もしない時間(自己対話の時間)を作り出すメリットは以下の通りです。

 

  • 人生が好転する(方向転換が出来る)
  • 器が広がる。(他人の視点を捉えるキャパが広がる)
  • 仕事が出来る人になる(情報の統合が出来る)

 

順に説明していきます。

 

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自己対話で成果を得る方法

 

この話をすると、
一定数はき違えてしまう人が多いのですが、

 

自己対話の後、行動を辞めてしまい、
評論家で終わることを勧めている訳ではありません。

 

手を動かし行動すること」と「自己対話」は、
必ずワンセットで絶大な効果をもたらします。

 

それを踏まえ、次の内容をお読みください。

 

人生が好転する(方向転換が出来る)

 

人は1日に6万回の思考をしています。
もちろん、何万回も思考したことを、すべて実行している訳でも無く、
喋ったり書いたりするわけではありませんよね。

 

自分の考えた一部分のことが現実化しているだけで、
今まさに不平不満があるのなら、
自分の思考した一部分がもたらしたもの。

と言っても過言ではありません。

 

少し難しいですが、先に以下の
潜在意識とは?「引き寄せの法則」の意味「書き換え方法」を解説!
という記事を読んでおくと、すんなり話が入ってくると思います。

 

 

だから、
膨大な思考の中から、どれを選んだか?
で、人生が変わる。ということになります。

 

人生に変化を加えたければ、外の環境を変える以上に、
自己対話を行い、自分の思考に目を向けることも重要になってきます

 

よく、人生を変えるための本やセミナー、動画を沢山、見ている割には、
現実が何も変わらないのは、決して知識や情報が足りない訳ではありません。

 

自己対話の機会を通して、「自分がどの考えを選んだか?」
気づく訓練に恵まれていないだけなのです。

 

 

例えば、
自己対話をするフローその1

 

自己対話をするフローその2

 

自己対話をするフローその3

 

自分が劣っている訳でも、運が悪い訳でも無く、
結果をもたらす因果関係に気づくことが出来ます。

 

 

自己対話は自分を責めることでは無い。

 

1つだけ注意しなければならないことは、
自己対話とは、自分を責めることではありません

 

自分の胸の内から過去の記憶、ネガティブなことが
沸き起こったからと言って、
愚痴や毒を吐くことではありません

 

それを周りにでも吐こうものなら、
他人にとっては疲れてしまうし迷惑行為でしかありません。

 

「これが私だ!本音なんだ!」
などと、使命感に燃えるように声を上げたとしても、
ネガティブや愚痴では、何も解決しませんし、
逆に自己対話なんてしない方が良かったと言えます。

 

自分の思考を観察していて気づいたことに、
「自分はなんてダメな奴だ」などとネガティブになったり、自分を責めるでは無く、
畑に生えてきたら雑草を抜くような感覚で、原因(雑草)を対処していけばいい。のです。

 

 

器が広がる。(他人の視点を捉えるキャパが広がる)

 

あまりにも自分の世界に入りすぎると、
他人や外の世界にまで押し付けてしまうのでは?

自分が自閉症になってしまう心配もあると思います。

 

 

しかし、「私は何者か?」自分の世界を考えることは、
他人の世界をも理解できる。
器を広げられる)ということでもあります。

 

 

抽象的でわかりづらいので、
サラリーマン」と「主婦」という2人の具体的な人物で、
たとえ話をします。

 

 

サラリーマンは、サラリーマンという世界(価値観、物差し、フィルター)があり、
日頃からお金、業界の専門知識、コンプライアンスという意識が入ってきますよね。

 

主婦は、主婦という世界(価値観、物差し、フィルター)があり、
家事、育児、ご近所の付き合いなどの意識が入ってくると思います。

 

 

ここで言いたいことは、

「自分が自分を見て評価する基準は、他人に対する評価基準となる。」

 

だから、ありのままに他人を見ているのでは無くて、
自分がかけている色眼鏡(フィルター)を通してでしか、
見ることは出来ません。

 

 

サラリーマンならば、
必死に家庭のことや、近所のコミュニティを形成している主婦を見ても

「金を稼げない。商品、サービスを作ったり売ったりすることが出来ない。怠け者」

と、低い評価を下してしまいがちです。

 

 

主婦ならば、
必死に、商品、サービスを売り、ビジネスをしているサラリーマンを見ても

家庭や近所の人間関係に関心が無く、雑に扱う人に対して、精神的にガキだな。怠け者」

と低い評価を下してしまう。のです。

 

 

現状の不満は、自分が作り出した写し鏡に過ぎない。

 

さらに人は、どうしても気に入らない他人に対して、
自分の思う通りに変えようという欲求が働きます。

 

それは、気に入らない他人のせいで無くて、
自分がかけた価値観、視点、色眼鏡でしか見ていない。
ということです。

 

他人を変えようとすることは、
まるで鏡に映る自分の姿が気に入らないからと言って、
鏡に手を突っ込んで、変えようとするものです。

 

変えるべきは、鏡の中の世界では無くて、
鏡の前に立つ自分自身を変えなければいけません。

 

 

先ほどの例えに置き換えるのならば、

 

サラリーマンが、良好な家庭やコミュニティを
形成する母性という視点(フィルター)をかけた時、

 

主婦のことを見ても、

どんな気遣いをしていて、どう言葉を選んでいるのか?
どうやって良好なコミュニティを維持しているのだろうか?

という視点も見ることが出来ます。

 

 

主婦が、自分のことを家庭を経営するビジネスオーナー
という視点(フィルター)をかけた時、

 

サラリーマンを見ても

どうやって稼いでいるのか?
どんな商品、サービスを創造しているのか?

という視点も見ることが出来るようになるのです。

 

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仕事が出来る人になる(情報の統合が出来る)

 

仕事の出来る人とは、
仕事が不器用な人の直し方「器用な人」の違い・特徴」で
詳しく説明していますが、以下の通り。

・物事の全体像(本質)を掴むのが上手い

 

余白があるので、緊急なことも対処できる。

 

情緒(メンタル)が安定しているのでトラブルになりづらい。

ですよね。

 

これらを可能にするのが、
意外にも「手を止め、ぼーっとしている時」です。

 

ぼーっとしている時、
脳内では以下のようなことが行われています。

 

  • 記憶、情報の整理統合をしている
  • より良くなるための準備
  • これから起こりえることを無意識にシミレーションしている。
  • 自分の今、おかれている状況分析

 

人の脳は普段、目の前の知識、情報を処理することに使い、
偏りが生じています

 

忙しくしているのに、成果が出せない人ほど、
下の図のような状態です。

 

 

 

忙しくしているのに、成果が出せない人ほど、
上の図のような状態で、

「あれも…これも…」

となって、脳が疲れるわりに本質を掴めません。

 

 

しかし、ボーっとしている時ほど、
身に着けたばかりの知識や
得たばかりの情報に対して、
遠くから見ている状態です。

 

何にも囚われてない、
ニュートラルな脳です。

 

 

さらにリラックスをしていて、
むしろ心地が良く感じている状態ですと、

 

過去の記憶、経験、別の知識が
思い浮かび統合され
「アイデアやインスピレーションが沸く」
ということが起こるのです。

 

 

以上の図のことを、難しい言葉で言い表すと、
脳を「知識という名の概念の海」に泳がす
または、
メタ認知で事象を分析する
となります。

 

大量にインプットした知識、経験は
いったん、そこから離れて観察しなければ、
すぐに自分の役に立つことは無いのです。

 

 

 

カレーを作る料理に例えるならば、
知識や経験を
肉や野菜、カレー粉だとします。

 

ぼーっとしている時間とは
カレーの鍋を煮込む時間です。

 

 

常に、忙しくしている人ほど、
肉や野菜、カレー粉を沢山そろえるのだけれど、
鍋に入れて、煮込もうとせずに、
材料をそのまま食べようとしているようなものです。

 

せっかく勉強した知識、スキルが
いまいち自分の役に立たず、
成果が出ない原因とも言えます。

 

ぼーっとする時間がないと良い仕事は出来ない

 

もちろん、会社の中で、手を動かさず、
ぼーっとしていたら、怒られるかもしれません。

 

1日にボーっとする時間を必ず作る。

どんなに時間がもったいなく感じても、
良い仕事をするために、
「ボーっとする時間」は必要なタスクであり、
仕事の1つだと考えても良いのです。

 

 

良くも悪くも
「これをやれば、幸せになれる!」
などと言う答えが無くなってしまった時代。

 

とっくに昭和の一生懸命やれば
認められるという価値感は終わり、
「真面目で素直な頑張り屋さん」が
無能の烙印を押されてしまう時代です。

 

 

 

部活をサボって、普段、練習に来ていないような人が
なぜか実力があって、試合で活躍していたり。

 

辛いことを我慢して、努力をしているのに、
なんでTiktokやyoutuberで、おバカなことをやっている人が
あんな大金を稼げるのか?と考えて悔しい思いをした経験が
あると思います。

 

 

涼しい顔をしながら、余裕の表情で
何か結果をすぐに出してしまう人ほど、
先に本質に気づいているからです。

 

 

「結果こそすべて!」とわかっていても、
上手く行かないのは図のように、
目の前のモグラをひたすら叩いているようなものです。

 

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瞑想、休むこと、物事をフカンすることの重要性

 

ここからは余談の余談になりますので、読み飛ばして構いません。

 

さらに例え話ですが、
アニメ版の釣りバカ日誌に登場する
主人公の『浜ちゃんこと浜崎伝助』が、
不真面目にやっているのに関わらず、
社長に気に入られて自由にやっていたり、
物事が上手く進んでいる様子を見て、

 

 

「私は、母から真面目にやれば、

 必ず報われると言われ、
 それを信じて生きてきた…

 

 それなのに彼(主人公の浜崎伝助)は、
 遊んでいるだけぢゃないか…」

 

 なぜ…。なぜ…。


と葛藤し、主人公の浜崎伝助に殴りかかるシーンがあります。

 

もちろん、
上手く行っている同僚に対して
殴りかかるなど、
アニメの世界では無く、現実でやったら、
会社はクビで、暴行罪で前科1犯+慰謝料に
なってしまいますね。

 


↑このキャラクターのように、

「自分は真面目に努力しているのに…」

などと考える人ほど、
上手くいかず、

 

最終的に頭がオカシクなり、
ヤケを起こしたり、
上手く行っている人を邪魔しようとする人も
沢山いらっしゃいます。

 

だから、

恐怖の中で選択するのをヤメル

 

 

「周りが言っているから、自分もやらなきゃ…」

 

「これをやらないと、自分が死んでしまう」

などと、
まるでこの世が競争社会のように、
恐怖で選択することから、
勇気を出して、抜け出すことが一番なのです。

 

 

現実世界でも、
能天気に考えている人が成功してしまうのは、
恐怖で物事を決めてないからです。

 

いっそのこと、そこから離れて、
エゴも何もない自然をぼーっと見ていた方が、
すべて忘れてしまった方が上手く行くのです。

 

そんな時、本当に自分がやるべきことを、
誰か他人の情報からでは無く、
自己対話から、答えを差し伸べてくれるのです。

 

自己対話ノートのつけ方

自己対話ノートのつけ方

 

誰かから言われた訳でも無く、
自分の直感を信じ踏み出したことに自信が持てない。

 

今やっていることに、何の意味があるのだろうか?
上手くいかなかったらどうしよう。

 

それでも気になったことを継続し続ける。
というのは、とても過酷に感じると思います。

 

何か新しく始める時は、
まずはやってみないと、分からないことだらけです。

 

見切り発車でも未完成でもいいから、
とりあえずやってみる。

 

おススメは3ヶ月やり続ける。

 

自己対話ノートのつけ方

 

3ヶ月やり続けると、
たいていのことがわかり始めます。

そこで、続けた方が成功するのか?
やめた方が良いのか?

3ヶ月後に自己対話をした方が見える世界は広がり、
良好な決断をすることが可能です。

 

今回もここまでお読みくださり
ありがとうございました。

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