心の平安を得るために断つべき人物とは?

 

濁流の渦がざわめく、移り変わりの激しい時代で、
ざわつく心を、穏やかにするためには、どうすれば良いのか?

 

自営業3年目、心理学・哲学・認知科学を
2年以上学んでる私(杉山)ですら、
普段の生活や仕事に忙殺されると、
心が乱れ、感情に振り回されることがあります。

 

心の平安_希望

 

「特にパソコン1つで1人で自由を手にしよう」
という分野で独立起業したのならば、誰もが通ることが以下の通り。

最初は目のチカチカ、背中の肩甲骨から首にかけてのコリから始まり、
痛み、苦痛、吐き気に悩まされる。

 

次第に、チック症のようにブツブツ独り言が増え、
統合失調症のように他人を疑い始める。

 

「頑張っていれば、いつかは報われるだろう。」という願いも空しく、
「そんなバカな!?」「あと少しのところで、まさか。。。」
という予想外の出来事が立て続けに起きる。

 

そんな人が後を絶たず、途中で諦めてしまう。ことが多いのです。

 

この国で、一人でも多くの成功者を輩出したいと考え、
自らの経験とともに綴った攻略法が以下のまとめになります。

 

もちろん、これから独立起業する方向けに書いた内容ですので、
平穏で安心安定の人生を送りたい人にとっては、
ところどころ「自分には当てはまらないな」と
感じる人の方が多いと思います。

 

今回の記事は、独立起業を目指している人も、
「一生ここでいいや。」と腹を決めている人にとっても、
関係無く(共通した)断つべき人とは「強いエゴを持った自分です。

 

心の平安を手に入れる方法の結論とは、
思考(エゴ)が創り出す分離ゲームから降りること
(感謝の習慣化)

 

です。

 

意味がわからない。と思いますので、
1つ1つ深堀りしていきます。

 

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エゴとは何か?

 

エゴとは、簡単にまとめると、

私は○○という人物で、他人は○○である。

という区別、分離の考え方です。

 

もっと例えるならば、

・私は月収50万円を稼ぐことが出来ている。

 

・私は、世の中のサラリーマンよりの平均よりも裕福である。

 

・知人のB君はフリーターで、私より稼いでいない。
私の方がB君よりも、税金を多く納めているので、私の方が偉い!

 

・私のSNSのフォロワー数は○○○人である!

 

・私は、周りの人よりも高身長で、そこそこの容姿である。

 

・私には、過去に自分だけ跳び箱を飛べなかった経験があるので、
スポーツにトラウマがある。

 

・私の家庭環境は、悪かった。。。

「私は。。。私は。。。私は。。。」などと、、
自分が何者であるのか?
他人や外側の世界と分離して考えることです。

 

エゴは捨てることが出来ない理由

 

この思考(エゴ)は幼い子供や、赤ちゃんに考えることが出来ません。

周りの世界を知らず、他人と比べるという経験が少ないからです。
このエゴが始まるのは、14歳ごろと言われています。

 

「自分は自分。他人は他人である。」と考えられなければ、
他人の意見と、自分の意見を区別することも出来ません。

 

だから、幼い子供は比較的、素直です。
疑う。ということをしません。

 

周りの言葉は、まるでカラカラに乾いたスポンジが水を吸収するように
自分の心に入れようとします。

 

もしもエゴが無ければ、
人は嫌な出来事も、毒のある情報、
劣等感も素直に心に入れてしまうので、
生きていくことが出来ません。

 

エゴを捨てようと思っても、捨てられない理由はこのためです。

 

エゴと聞くと、悪いイメージに聞こえますが、
もともとは自分のコンプレックスや傷を隠そうとするための
重ね着して見えなくしたような服です。

 

そして、エゴは自分を守ろうとする反面、
自分では忘れてしまった、内側の不快コンプレックスや
鬱憤を晴らそうとする習性もあるのです。

 

だから自分の劣等感を克服するために

・学歴や富で、他人と差をつけて晴らす

 

・自分は特別である。ということを証明すべく何か大きな事を成す。

 

・自分の正しさを明らかにしようとする。

などと、何かを成し遂げるエネルギーにもなります。

 

 

ただし、このエゴは、
怒り、憎しみ、劣等感を晴らすという感情ですので、
ドロドロとしていて、自分や周りさえも不幸にしてしまい
例え、何かを成しえても、満たされることはありません。

 

言葉でツラツラ並べていても、いまいちパッとしないと思いますので、
私(杉山)の体験談をもとに、解説します。

 

自分のことを語ってしまいますが、ご容赦ください。

 

 

心の平安を得るには遠い「エゴの使い方を間違えた」体験談

 

私(杉山)の場合、エゴが形成されるのが遅く、
「私は○○である」などと、
17歳くらい頃から考え始めたような気がします。

 

それまでは、周りの大人や情報は鵜呑みにしていて、
いわば「いい子(大人にとって都合の良い子)」でした。

 

周りの友人は、とっくにエゴを確立しているので、
急に話が合わなくなったり、
「私はお前とは違うんだ」などという態度に距離感を感じていました。

 

むしろ、自分と同じくエゴを確立していない自閉症の子や、
発達障害「ADHD」の友人の方が、
気さくに話ができて居心地良く感じるのも、この頃です。

 

 

いっぽうで、普通と呼ばれる子たちに対して、
今で言う同調圧力や、声の大きい人に洗脳されているようにしか見えません。

 

「矛盾してるのに、なぜ正しいのか?」
「なぜ、周りの皆は疑問に思わないのか?」
などと本気で混乱しつつ、自分も流されるように、振り回される生き方をしていました。

 

やっと17歳ごろに「自分は○○」である。
という思考をし始めます。

 

 

エゴの矛先、私にとってのアイデンティティが「政治」だったのです。

 

自分のことを「革命戦士」「サムライの生まれ変わり」だと本気で思ってました。
※遅い中二病ですよね。

 

「弱者を救う!」「より良い理想国家の再建」と大義名分、
正義を振りかざしていましたが、
今思えば「自分のエゴを発散させたい」心理だったのかもしれません。

 

 

こんな心理状態で頑張る!ということをしていたので、
人生がハードモードです。

 

自分の正義(価値観)とは外れた人に、
いちいち感情が沸くので、すぐに突っかかったりします。
まるで修羅の如く、毎日が戦いでした。

 

 

もちろん自分にとっての「事を成す」ということも何度かしましたが、
心地よい瞬間は一瞬で過ぎてしまい、
求めているモノが手に入ることも無ければ、
満たされることがありません。

 

なので「国を動かすくらいの、もっと大きなことをしないと駄目だ!」などと思い、
具体的な内容は伏せますが。どんどん規模や活動領域を広げました。

 

少しでも時代や国が違えば、とっくに自爆テロをしてたかもしれません。

 

 

それだけ規模を広げれば、やることも増えるので、
疲弊しがちで身体を壊しまくっていたところ、
Sという人物に出会いました。

 

Sという人物は、
とっくに日本の教育システムから外れ、単身で海外に行き来し、
14歳で自分のビジネスを立ち上げるなど、
物凄い多くの知識量やパワー、ポテンシャルを備えていました。

・発する言葉には迷いが無く、相手がだいの大人だろうが、言葉で説き伏せてしまう。

 

・3日寝なくても、いつもと変わらない仕事をするくらいのケタ外れの体力。

 

・サイコパス並みの文武両道、才色兼備

 

・周りが敵に囲まれても怯むことなく、まるで当時は、歴史に登場する武将「項羽」を連想するものでした。
※項羽がどんな人物かは、調べてみてください。

といった人物でした。

 

 

Sと私(杉山)とは体験、生きた時間、思想は違えど、
なぜか話が通じ、朝まで語れるほどウマが合いました。

 

自分と同じくエゴのパワーで戦い、生きていたからです。

「本気で世界を変え、世の中を面白くしよう!」

 

「既得権益にすがるゴミや老害をぶっ潰してやろうぜ!」

当時は、そんな思いと共に、夢や覇業を成そうと、
2年ほど突き進むことになります。

 

私(杉山)が苦戦していたことがSは出来、
Sが思いつかない長期的な発想は私(杉山)がカバーするように連携し、
まるで夢でも見ているかのようにトントン拍子で上手く物事が進みました。

 

人生のなかで、もっともワクワクしていた反面、
私(杉山)が最も傲慢になっていた時期でした。

 

 

しかし、どんな才能に溢れる人にも完璧な人が居ないように、
Sにも「他人の痛み、苦しみ、気持ちがわからない」という欠点がありました。

 

なので傲慢さと、恨みを買って復讐される恐怖と常に隣合わせのために、
ついに頭がオカシクなってしまったのです。

 

わかりやすく書くと、情緒不安定。
常に他人を疑い、身体の力が抜けない。
まるで悪魔が乗り移ったかのように人格が変わる。

 

などなど、正式に診断されたワケではありませんが、
統合失調症に共通する症状に悩まさ続けていました。

 

 

私(杉山)にも矛先が向き、大きな損害が発生し、
せっかく大きな夢が叶う、あと一歩のところで、
お別れするハメになったのです。

 

いまとなっては、
Sという人物は検索すれば、すぐに出て来るくらい、
それなりのポジションを取っていましたが、

 

それから、なにも情報を更新できていないことから、
未だ戦闘不能になっているか、
表には出られない事情になってしまったのかもしれません。

 

 

そして、私(杉山)も、ごはんの味がしなくなるくらい
身心ともに疲弊していたのと、

 

「こんな凄い人でも頭(メンタル)を病んだら、すべてが台無し」なのだ。

ということを悟った訳です。

 

心理学、哲学、認知科学にのめり込むようにハマり出したのも、
この頃です。自分の「エゴ」がもたらす恐ろしさに気づく訳です。

 

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心の平安を実現するには?

 

 

長々と体験談を語りましたが、
心の平安を実現するには、以下の前提を知っておく必要があります。

 

他の記事でも解説していることなので、
サクッと話すと以下の通り。

 

心の平安は内側からつくられる。

 

なにか外の要因を揃えれば、平安になる訳ではありません。

 

たいていの人々が、何か平安が乱されていると感じたのならば、
外に原因を見つけようとします。

 

すべて起きている出来事は、
自分の内側が引き寄せたものです。

 

どれだけ劣等感や、不足感を外的要因で
埋めようとしても埋まることはありません。

 

例えば、
お金持ちやポジションを持っているから、穏やかになれる。
は、目先の結果しか見ていません。

実際に2000万円の貯金があるよりも、
いざとなれば2000万円稼げるだけの能力が、
本当のお金持ちです。

 

大きな家や莫大な預金を持っている大金持ちではなく、
金持ちになるために積み上げてきた実力(内側)に対して、
平安を感じているからです。

 

だから、自己投資で知識、技能、考え方といった実力をつけることを
おススメしているのです。

 

 

そもそも心の平安を求めていない。ことが多い。

 

心の平安を求めているのに、
平安を求めていない。とは、どうゆう意味か?

 

それは、多くの人が無意識に
退屈を感じたくないがために、常に刺激やワクワクを求めている
ということです。

 

・心の平安を感じたいけれど、でも退屈したくない。非日常を楽しみたい。 

 

・特別な人になりたい。勝ちたい。

これらの欲求は、ごく自然なことです。

 

むしと、
「エゴを捨てよう!平安になるんだ!」などと、
この欲求を消し去ろうという気持ちこそが、エゴです

 

エゴを消し去ったり、
安心安定だけの人生を求めるのが悪いのでは無く、

 

自分のエゴを大きくしすぎない
ことが重要です。

 

 

 

心の平安を保つには、エゴに気づくだけで良い

 

人から一切のエゴを取り除くことは出来ません。

 

エゴは、例えるならがん細胞のようなものです

ガン細胞は人の身体の中で絶えず発生しては、
消えての繰り返しが行われています。

 

しかし、ガン細胞が小さくならず、
大きくなり続ければ破滅につながるように、
思考(エゴ)も同じことが言えます。

 

思考(エゴ)も繰り返し発生するけれど、
自然治癒していくことが望ましいのです。

 

では、そのエゴを大きくしない方法が以下の通り。

 

  • 思考(エゴ)が創り出す分離ゲームから降りる。
  • 感謝の習慣化

 

正義感が強い人ほど嫌われる理由「自称、正義マンはエゴイスト」
でも同じことを伝えてますが、
思考(エゴ)は、争い事や事件、議論、分離が大好きです。

 

競争や、正義、悪に打ち勝つ、などが典型的ですよね。
これらからは意識的に距離を取ることです。

 

なぜなら、正義か?悪か?を作り出せば、
自分の中で必ず許せない要因を作り出すことになります。

 

 

許せないことが増えすぎると、
分離された情報が、統合出来なくなり、
自分でも収集がつかなくなるメカニズムなのです。

 

 

感謝の習慣化

 

真理は、もともと1つで、すべての人、場所、瞬間は、既に特別である。

どこかで、そう聞いたことがあるかもしれませんが事実です。

 

 

仮に今の自分が退屈であっても、すでに幸せである。

そう悟った時に、心の平安を手に入れることが出来る。

 

 

いま自分は、既に豊かで幸せなものに囲まれているのだ。

と感謝することが出来たら、
エゴは解け、心の平安を取り戻すことが出来ます。

 

これが、
思考(エゴ)が創り出す分離ゲームから降りること(感謝の習慣化)
の意味です。

 

今日、これを書いた私(杉山)ですら、
時間の経過と共に忘れていたことです。

 

今後も、同じような記事が登場するのも、
繰り返し思い出すために、書いているのだと。
あらかじめご了承ください。

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