傲慢は虚弱メンタルのもと|傲慢を自信に変える方法

 

メンタルが弱い人ほど、傲慢な人です。

 

ここで言う傲慢は「調子に乗る」と同じ意味で捉えられます。

 

 

傲慢、調子に乗っている状態だと、
なぜメンタルにとって不利に働く理由は以下の通り。

 

  • 傲慢な人は、自分の価値を外側の他人や数値に依存しているので、気持ちの浮き沈みが激しい。
  • 傲慢であり続けるために常に誰かと競争をする心理状態なので、足元をすくわれやすい。
  • 「傲慢さ」と「運の悪さ」は比例する。

 

ずらっと1行で文字にすると、わかりづらいので深堀りしていきます。

 

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傲慢と自信の違いとは?

マウントを取るエンジニア

 

傲慢とは、

他人と比べて自分が優れているか?劣っているか?考えること。

です。

 

自信とは、

自分の価値は自分で決めている。
誰か他人の評価によって自分の価値が変わることが無い。

 

これを本記事では、精神的自立と呼んでいます。

 

 

傲慢自信の違いは、マインド(考え方)の差です。

 

例え、言葉や態度に出ていなくとも、

 

心の中で「相手は自分よりも上か?下か?」と思っていれば、
既に、自分の価値が「他人や外側の要因」によって振り回されることになります。

 

既に傲慢が生み出す負のエネルギーによって、
自分のメンタルをガリガリ削られるのです。

 

 

傲慢な人ほど、機嫌が悪くなる。

 

当たり前のことですが、
誰だって見下されて心地よい人など居ませんね。

 

見下された人から恨みを買い、復讐心を燃やされて
逆襲されやすいポジションになるのです。

 

傲慢な人も薄々気付いているはずです。

 

恨みを買っていることを無意識に感じているので、
いつか寝込みを襲われるかもしれない。

 

スキを見せたく無いがために、
自分でリラックスの出来ない過酷な環境を作り出しているのです。

 

傲慢のスパイラル

 

ためにし、いつも怒っている人を遠目から観察してみてください。

外側の世界で、自分の価値が決まると本気で思い込み、
何かに追われるように生きづらそうにしている。

そんな違和感に気づくと思います。

 

 

傲慢は運を悪くする

 

ここではスピリチュアル的な話はしませんが、
運とは、人の縁によってもたらされるものです。

 

自分が予想もしないラッキーなことも、悪いことも、
人が持ってくるものです。

 

もちろん、運をアテに生き過ぎてもいけませんが、

調子をこいたり、見下していると、周りから応援されるどころか、
敵をつくりまくっているので悪いことを引き寄せやすくなる。

ごく当たり前のことが起こるのです。

 

 

傲慢の心理|誰も自分のことが傲慢だとは思わない

 

傲慢とは、他人のことを差しているようですが、
誰もが自分で自分のことを傲慢であると微塵に思っていません。

 

なぜなら、人は普通に生きていると自然とネガティブになっていくように、
傲慢になる生き物だからです。

 

なので、

先のわからない不安を無くしたい。
常に自分が安心できるポジションで居たい。怠けたい。

という深層心理が働き、誰か他人を下げて、
今の何も変わらない自分の保とうとする強い欲望が働きます。

 

誰かを犠牲にしてでも、自分が傲慢であり続けられたら、
その間だけ不安を感じずに居られるからです。

 

しかし、その偽りの安心は長続きすることはありません。
前半で申したように、自分で自分のポジションを危うくしているからです。

 

傲慢と怠惰は比例する

 

また、現状維持は楽な反面、怠惰である。ということです。

 

脳も使わなければ、筋肉が贅肉ブヨブヨにたるんでくるように、退化していきます。

 

日が経ち、気づいたら今まで見下していた人物に追い抜かされて、
自分が見下される。という立場に立たされることになります。

 

絶望した時、初めて「自分は傲慢だ。なんて馬鹿な奴だったんだ」
ということに気づかされるのです。

他人の指摘では絶対に気づくことは出来ず、
いずれは自分自身で嫌でも気づくことになるのです。

 

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傲慢な人から卒業するには?

 

どうしたら傲慢を無くせるのか?

 

自分の傲慢さ気づくには、どうすればよいのか?

 

調子こいて、足元をすくわれないように対策したい!

 

結論は、

自分が今まで当たり前に感じていたことに気づく。=感謝

です。

 

 

例えをあげて深堀りをすると、
よくキリスト教の人は、週に1度、教会に行きますよね。

 

そこでは、ゴスペルや礼拝ということをしていますが、
本質は、喜びや感謝に視点を向けることをしています。

 

日常でバリバリ忙しく働いている人にとって、
なかなか自分の傲慢さに気づくどころか、
当たり前のことに感謝をする。なんてことが不可能に近いと思います。

 

だから定期的に礼拝という習慣化を身に着けて
当たり前のことが、どれだけ恵まれているのか?
気づく習慣をしているのです。

 

もちろん、みんながキリスト教などの宗教に入りなさい!
などと言いたい訳ではありません。

 

・「今の恵まれている自分、当たり前になっていること」それらに感謝できているか?

 

・手を止めてでも、定期的に自問自答できる時間を確保できているか?

 

これらが伝えたいことです。

 

これを書いている杉山の場合、
「心やメンタルを扱っている」兼「10年以上、商売をしている」方の商材や音声を
定期的に聴くことで、思い出すようにしています。

 

 

メンタルが強い人ほど腰が低い理由

 

まとめますと、メンタルが強い人とは、
精神的自立を維持している人。が必須条件です。

 

時代や周りの環境が荒波みでも、
自分の価値は変わらないと信じているので、動じることは無い。

 

かつ、

 

感謝を習慣にすれば傲慢になるはずも無く
周りから見ると、腰が低いのだな。と思えてしまうのです。

 

 

経営者に傲慢な人が多い理由?

 

余談になりますが、

社員から見て、社長や経営者が傲慢に見えるのは、ナゼか?

 

触れておきます。

 

経営者は常に数字(利益、経費、社員の給料を支払う)を求め続けています。

 

どんなに自分の価値は変わらない!と叫んでいても、
外側の世界では、きちんと支払うべきお金を支払わなければなりませんよね。

 

特に昭和型の会社にありがちなのですが、数字を追い求め、
生き残るために時には姑息でセコい手段を使うことがあります。

 

そんな姿を見て、傲慢だと感じるのだと思います。

 

そんな昭和型の経営者ほど、仕事上の数字の世界を外れ、
プライベートで話をしてみると、仕事での傲慢な姿とは変わり、
腰の低い謙虚な姿になることが多いです。

 

数字を求める世界以外の私生活でも、
他人から傲慢に見えるようでは

「自分の周りから本当に人が消えていく」

ということをよく知っているからです。

 

スイッチの切り替えがどこかにあるように、
普段は腰を低くしている人が多いのです。

 

もちろん、仕事以外でも傲慢になってる人も存在します。
そんな場面に出くわしたら「この人、ダメだ!」と、
さっさと逃げる合図です。

 

 

今回もここまでお読みくださり、
ありがとうございます。

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